「入門表にサインをお願いしまーす」
「…チッ。やっぱり駄目か」
事務員に見つからないように塀を飛び越えて侵入するも、なぜか必ず見つかってしまう。
忍者としての欠片もないようなこの男に、なぜ自分は見つかってしまうんだ。
うーーーん………。
おっと、そんなことはどうでもいい。
「はい、ありがとうございましたぁ。今日は山田先生に会いにきたんですか? って、あれ…もういない」
山田利吉というサインを確認すると、小松田はまったりと振り向きながら質問するも、相手はすでにその場から移動していた。
「そろそろ授業も終わる頃だよな」
1年は組の教室が目の前にある木の下に座り、時が過ぎるのを待ち続けること十数分。
ゴーン、という鐘の音とともに騒がしくなる室内。
利吉は、待ってましたとばかりに教室に移動する。
それはもう、忍びが仕事をしているかの如く真剣で早かった。
「乱太郎、この後どうする?」
「んー。どうしようかなぁ。中在家先輩が探していた本を見つけてくださったから、それを受け取りにいこうかな」
「あっ、俺も図書室に用があったから一緒に行くよ」
心の中でラッキーと呟くきり丸。
「しんべヱはどうする?」
「ぼくはおしげちゃんと用があるから」
「そっか。じゃあぼくたちちょっと図書室行ってくるね」
「いってらっしゃーい」
荷物を持って部屋を後にしようとした瞬間。
「らんたろーっ!」
「えっ?!」
「ああっ!」
『あああああっ!!!』
は組の面々に挨拶をしていたため、顔だけ後ろを向いていた乱太郎を正面から抱きあげると、乱太郎はビックリして声が裏返り、隣りにいたきり丸が先頭で声を荒げると、一気に部屋中に生徒たちの悲鳴が轟く。
そんなことはさして気にもならない様子の利吉は、抱きしめた愛し子に頬擦りをし、チュッと音を立てて口をあてれば、ポッと紅い花が咲く。
「ちょっと利吉さん。乱太郎を離してください」
「そーだそーだ」
「乱太郎、図書室行くんだろ?」
「危ないからこっちおいで」
「顔が赤いのはきっと風邪でもひいたんだよ。早く医務室に行かないと」
口々に下から利吉に文句を言ったり、紅くなっている乱太郎の目を覚まそうと説得をするが、一向に動きを見せない。
余裕の笑みでは組を見下ろす利吉に、真っ赤な顔で首に腕をまわしている乱太郎に、うう、と呻くしかないは組。
そこへ、騒ぎを聞きつけた教科担当教師の土井が駆けつける。
「お前ら、一体どうしたんだこの騒ぎは」
また何かやったのか、とお説教モードであったが、利吉の姿を見つけて納得。
「何だ、利吉君だったのか」
「こんにちは、土井先生」
「山田先生は今薪割りをしているよ。行かなくていいのかい?」
「いえ、今日は父上に会いにきたわけではありませんので」
先ほどよりも表情が和らいではいるが、明らかに醸し出すオーラが黒い。
一方の利吉も未だ余裕顔。
ニコニコしながら一歩も引く様子はない。
「あ、あの…」
中心にいる乱太郎1人が、どうしていいか分からずオロオロと2人を交互に見つめる。
暫くすると、お互い黙ってしまい、は組の子たちがコソコソと集まって2人の様子を伺う。
「どうしたんだろ」
「無言の戦い?」
「いや、きっとあれは矢羽根だ。お互いにしか分からない音で会話をしてるんだよ」
「…庄ちゃん」
「…相変わらず冷静ね」
「何話してるんだろ」
「きっと表には出せないようなことなんじゃない?」
「あんな顔して」
「乱太郎に聞かれるとまずいんだろうね」
「パッと見たら2人とも笑顔で仲良さそうなのにね」
未だ笑顔で他愛もない言葉を交わすも、誰にも聞かれないところでは、壮絶な言い争いが続いていた。
それとも知らない乱太郎は、ホッと息を吐いてニッコリ笑う。
「ぼく、お2人が喧嘩でもしてしまうのかと心配だったけど、やっぱり仲が良いみたいで安心しました」
それまで矢羽根で辛辣な言葉を吐きまくっていた2人は、ポカンと乱太郎に目線を移す。
は組一同は、知らぬが仏、という言葉を心の中で呟いた。
「何を言っているんだ、喧嘩なんかするわけないだろう」
「そうそう。乱太郎が悲しむようなことはしないよ」
「ところで、利吉君。早く用事を済ませたらどうだい? 乱太郎は預かるから」
ほら、と手を伸ばして乱太郎を奪おうとするよりも早く、利吉は乱太郎を腕に抱いたまま一歩後ろへ下がる。
「お構いなく。今日は乱太郎に会いにきたので」
「なっ!!」
「それじゃ、行こうか」
一瞬にして窓から姿を消す。
「さすが売れっ子忍者」
「感心してるばやいか! みんなで乱太郎を救出するぞ!」
『おー!!!』
お勉強はできないけれど、乱太郎のことになると一致団結して見事な力を発揮する1年は組。
いつもは当たらない手裏剣だって真っ直ぐ飛んで行くから不思議。
「お前ら、勉強もそのくらい頑張ってくれよ…あいたたた」
胃を押さえて蹲るが、そんなことはいつものことなので誰も気にしない。
その頃、駆け落ちのように姿を消した2人は、裏々山の木が茂る中へ進み、1本の木の幹に腰を掛ける。
乱太郎は膝に座らされ、後ろから抱きしめられている。
「あの、利吉さん」
「何だい、乱太郎君」
「こんなことしちゃって大丈夫でしょうか?」
顔を後ろに向けて不安そうに見上げる幼い恋人に胸をときめかせるも、言っている内容が気になって仕方ない。
「それは、私のことを心配してくれているのかい? それとも…」
「えっ、あの…」
君はとても優しい子だから。みんな大好きなんだろうね。
そんな君を、周りも放っておけない。
君に惹かれてるのは…私だけではない。
ぺた。
「…っ!!」
「眉間に皺寄ってますよ…気分が悪いんですか?」
心配してしまうのは保健委員のためか、天性か。
人差し指を利吉の眉間にあて、自分の方が辛そうな表情で見つめる。
「熱…は、ないみたいですけど…医務室で休みますか? それとも…」
アワアワと手を動かしてあれやこれやと提案する乱太郎を強く抱きしめる。
小さな体が壊れてしまいそうになるほど…強く。
「利吉…さん?」
されるがままの乱太郎は、突然のことに目をパチクリさせることしか出来ず、暫く黙っていた。
どうしたらいいものかと考えた後、子どもをあやす様にポンポンと背中を優しく撫でる。
それだけで、どこかイライラと収まりきらなかった感情が綺麗に流れ出し、最後には、目の前の恋人に対する想いだけが残る。
「…利吉さん?」
「乱太郎…大好きだよ」
耳元に囁き、音を立てて唇を吸う。
素早い動きに、間をおいてから乱太郎は顔を真っ赤にして慌てる。
「えっ、あのっ…」
その姿を、クスクス笑いながら眺める。
「乱太郎は?」
「………」
「それじゃあ聞こえないよ」
「…好きです…利吉さんが大好きです」
「は組の仲間や土井先生たちよりも?」
「はい。利吉さんが一番好き……」
これ以上ないくらいに赤い顔で泣きそうになっている乱太郎に、意地の悪いことをしているな、と確信犯の笑み。
しかし、本人の口で聞きたいと思ってしまう。
こんなに私の自信をなくすことができるのは、生涯この子だけだろう。
私がこんなことを想っているなんて、この子は知らないだろう。
いつでもこの子の前ではカッコ良くありたい。
飽きられてしまわぬように。
他に目移りされないように。
私の腕の中に閉じ込めて、どこへも行けないようにしてしまおうか。
目隠しをして、私しかその瞳に映せないようにしてしまおうか。
募る不安と比例するように、この黒々とした想いが溢れ出す。
「利吉さん…」
現実に引き戻す、小鳥のような可愛らしい口づけ。
「また違うこと考えてましたよ」
ぷぅ、と拗ねて膨らむ頬。
「…適わないな、本当に」
利吉の黒い感情を浄化するのは、いつだって乱太郎の役目。
「私には君しかいない」
君しかいらない。
「乱太郎がいてくれれば私は…」
先ほどとは違って、優しく抱きしめ返す。
「ずっと一緒です…ずっと、ずーっとそばにいます」
小さな手が一生懸命抱きしめる。
利吉は泣きたい様な気持ちを堪えてただ乱太郎を抱きしめる。
想いの深さを伝えるように。
そのまま、日が傾くまで2人は木の上で抱き合っていた。
飽きることなく、それが当たり前のように。
その頃、乱太郎が利吉に連れ去られたことが学園中に伝わり、生徒から教師まで躍起になって乱太郎救出が始まっていた。
もちろん、当の本人達は知る由もない。
彼らが見つかるのは時間の問題か。
*END*
終わり方が若干納得できない…裏になるのをギリギリ止めたから、中途半端だなぁ(><;)
でも、とりあえず利吉VS土井先生が書けたからいいやww
今度は土井乱書こうかなぁ(^^)
利吉さんのキャラが難しい…もっとカッコよくしたかったのに…裏ではきっと…その内!
[6回]