「よし! 文次郎、そこでレシーブだ!」
「何で俺が…って、うわぁああっ!」
とある日の放課後、何気なく散歩をしていたぼくの耳に、慣れ親しんだ声が聞こえてくる。
「またやってるんだ」
よく飽きないなぁ、なんて笑みを零しながら近づき、建物の角を曲がると、最上級生の姿が見える。
いつものよう仲良さそうに、焙烙火矢をボールにしてバレーを楽しむー主に一人であるがー彼らに、気付かれないように近づこうと思うが、そこは6年生。真剣に遊びながらもすぐに見つかってしまう。
中でも、委員会も一緒で一番親しみのある善法寺伊作先輩が、振り向いてぼくに笑顔を向ける。
「乱太郎」
おいでおいでと手招きされ、嬉しそうに隣りに座る。
「伊作先輩はやらないんですか?」
伊作先輩は、みんなと少し離れた場所に座っている。
「うん。僕は何かあった時のために救急箱と一緒に待機してるんだ…ところで」
バレーを見ながら話をしていたが、伊作先輩がこっちを向いたのに気付いて、同じように向き合う。
「乱太郎、今日は1人?」
「はい。きりちゃんはバイトに行ってて、しんべヱはくノ一のおしげちゃんと一緒なんです。だからちょっと1人で散歩してたんですけど…」
「それで僕たちに気付いたんだ」
「はい」
元気良く笑顔で答えると、ニコニコと優しい笑顔を絶やさずに頭を撫でられる。
ぼくは気持ちよくてついつい目が細くなって、自然と甘えるように頭が伊作先輩に傾く。
それを、いつの間にかバレーを中断していた他の6年生の方々がジーッと見つめているのに気付き、羞恥で顔が真っ赤になり、慌てて体勢を立て直す。
「あ、はは…えっと」
繕ったような無理矢理の笑顔を向けるも、皆さんはどこか不機嫌で、訳の分からないぼくはキョトンと目をパチクリさせる。
「ズルい」
「ほへ?」
ズルい…とは?
「いさっくんばっかりズルいよっ」
「七松先輩、どうしたんですか?」
両手を上げてズルいと連呼しながら叫ぶ先輩を落ち着かせるように、ちゃんと顔を見ながらゆっくり質問するも、希望するような返答はなく、次の瞬間には体が宙に浮いていた。
「えっ、えっ?!」
状況が飲み込めず、頭の中がグルグル回る。
フワッとした感覚の後には、ギュッと抱きしめられて七松先輩の熱いくらいの温もりが伝わってくる。
「ちょっと、小平太」
「んー。乱太郎は温かいなぁ」
スリスリと頬をあてるが、そこから伝わる体温はやっぱり熱くて、バレーで必要以上に興奮してるのかな?
「七松先輩の方が熱いですよ」
ニコリと笑って手を七松先輩の頬にあてる。
「運動したから熱もってます」
なのにぼくの方が温かいと言われておかしくなり、手をあてたままクスクス笑っていると、いつの間にか七松先輩の顔がアップになっていて、気付いた時にはお互いの口が重なっていた。
「あああああっ!!」
今まで傍観していた6年生の悲鳴で我に返ると、目の前には、すでに離れた場所でニカッと笑う七松先輩。
「乱太郎の唇は柔らかくて気持ちが良い!」
「なっ!」
ボッ、と顔から火が出たのではないかというくらい顔が熱い。
「乱太郎はどうだった?」
「へ? ぼ、ぼくは…あのぉ…」
七松先輩の肩口をキュッと掴みながら、しどろもどろに答える。
「ちょっと、うわっ」
「小平太ぁああっ! き、きさまー!」
「乱太郎が…汚された」
「ふむ、どうやら死にたいらしいな」
「………」
もう黙ってはいられない、とよく分からないことを言いながら、6年生の方々が七松先輩に詰め寄る。
ぼくはというと、とりあえず何か話そうとしたところを潮江先輩に突き飛ばされて吹っ飛んだ伊作先輩を心配する。
「あの、伊作先輩…大丈夫ですか?」
「乱太郎は私以外を心配しちゃ駄目だぞ」
伊作先輩に向けていた顔を、顎に手を添えた七松先輩に戻されてしまう。
「………」
「長次。無言で縄標を振り回すな。乱太郎に当たったらどうすんだ」
「………チッ」
…あれ、今中在家先輩舌打ちしましたか? あはは、まさかね。気のせい気のせい。
「あの、七松先輩。そろそろ降ろしていただけますか?」
なんだか雲行きが怪しい気がして、思わずお願いをするも、まったく降ろされる気配はない。
「あ、あの…」
「おい小平太。乱太郎が嫌がってんだろ」
「そろそろ離したらどうだ」
先輩たちが怖い顔で七松先輩に凄む。
それは、七松先輩に抱かれているぼくにも近いというわけで、あまりの迫力にギュッと七松先輩にしがみつき、胸に顔を埋める。
「ほらみろ、乱太郎は嫌がっていないじゃないか」
してやったり顔で見回してから、戯れるようにグリグリと頭同士を合わせる。
「乱太郎。私の部屋でお菓子食べるか?」
今はただ落ち着きたくて、小さく首を縦に振ると、目にも止まらぬ早さでその場を後にする。
残された6年の面々は、追いかけることよりも、乱太郎に怖がられたことにショックを受けてその場に固まってしまった。
「あの、良かったんでしょうか…」
「ん、何がだ?」
ようやく6年の長屋に到着し、今は七松先輩と中在家先輩が使っている部屋にいる。
約束通り、目の前には甘いお菓子と熱いお茶。
金平糖を口に入れて落ち着いたところで、先ほどから気になっていたことを聞いてみるが、七松先輩は何のことか分かっていない様子。
「伊作先輩たち…」
「それだ!」
「へっ?」
「なぜ乱太郎はいさっくんのことを伊作先輩と呼んでいるんだ?」
「え、えっと…」
「なぜ私のことは七松先輩と呼ぶんだ?」
「あう…」
「いさっくんが伊作先輩なら、私は小平太先輩ではないのか?」
「あの…」
自分の質問は遠い彼方へと飛んでいき、いつの間にやら七松先輩のペースになってしまった。
「さ、いいぞ」
いいぞって…そんな急に言われても。
本気かな、と伺うように目線を上げると、有無を言わさない満面の笑み。
え、拒否権無しですか。
ソワソワと落ち着きなく体を動かして目線も彼方此方に移動していると、先ほどよりも若干距離を縮めた七松先輩が楽しそうにジッと見つめてくる。
「乱太郎」
「はっ、はい」
勢い良く正面を向くと、口にコロリと金平糖が転がり、甘くて優しい味が口いっぱいに広がる。
「美味しいか?」
「はい……あの」
よく分からないけれど、金平糖と同じくらい優しい手つきで頭を撫でられ、先ほどまでの緊張が解けていく。
「あの…ありがとうございました………小平太先輩」
時間をかけて、今にも消えそうなほど小さな声で名前を呼ぶと、一瞬間があってから飛びついてきた七松先輩にギューッと抱きしめられる。
「可愛い! 今のすごく可愛かったぞ!」
ただでさえ恥ずかしくてどうにかなりそうなのに、抱きしめられたまま耳元で可愛いと連発され、たまらなくなって再び真っ赤になってしまう。
「これからは、必ず小平太先輩と呼ぶのだぞ」
「そんな」
「間違って七松先輩と呼んだら…」
「よ、呼んだら?」
二カッ、とはを見せて笑う先輩に、何だか嫌な予感。
「1回間違えるごとに接吻する」
「ええええっ! ちょっ、ちょっと待ってください七松せんぱ…あっ!」
「はい、間違えたー」
ニヤニヤと意地の悪い笑みが近づく。
あ、だめ…もうちょっとで触れちゃう…。
「そこまでだ」
「こへーたぁあああっ」
「お前という奴は、まだ乱太郎は1年だぞ」
「………」
「らんたろぉおお。大丈夫? こへに何もされてない?」
ギュッと目を瞑った瞬間、立花先輩が七松先輩の頭を後ろに傾け、潮江先輩が怒鳴りながら後ろへ倒れた七松先輩の上に跨がり、食満先輩は仁王立ちで七松先輩を睨み、中在家先輩は笑顔で縄標を構え、一番最後にボロボロなー恐らく途中で不運に見舞われたんだと思うー伊作先輩がぼくを庇うように抱きしめる。
「せ、先輩たち大丈夫ですよ。まだ何もされていませんから。ね、小平太先輩」
慌てて止めようと口早に答える。
ぼくの一言が、先輩たちに火をつけるとも気付かずに。
「…こ?」
「…へ?」
「…い?」
「…た?」
「………」
「わはは、どーだ羨ましいだろ」
「「「「「小平太ぁああああっっ!!!」」」」」
「………殺る」
「わはははは! 乱太郎、逃げるぞっ」
ぼくを伊作先輩から軽々と抱き返し、ヒラリと長屋を飛び出すと、後ろから賑やかな声が追いかけてくる。
子どもみたいなやりとりに、つい笑みがこぼれる。
今日も最上級生の皆さんは仲良しです。
「乱太郎の鈍さは天然の域を超えているな」
「だね」
「こっちの心臓が保たん」
「心配で目が離せないな」
「……でも」
「「「「「そこが可愛い」」」」」
気付かないのは本人ばかり。
*END*
こへ乱←6年やっと完成(汗)
まさかこんなにダラダラ進むとは…でもなぜか終わらせたくなくなるんだよなぁ(^^)
いつまでもこの感じを繰り返したい気持ちもある。
でも次はガッツリこへ乱か6年×乱太郎の裏が書きたい…vvv
[15回]
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